毒親に育てられた子供が幸せな家庭を築くまで

私はいわゆる毒親に育てられた子どもです。その影響から長い間辛い人生を歩んできました。けれど、そんな私も結婚し、負の連鎖を起こすことはしないと決意しました。現在では妻と長男と幸せな家庭を築いています。私の経験が少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。

自分の感情を感じ、感情表現を獲得するまで【アダルトチルドレン克服】

前回の記事では、自分が毒親の被害者である、ということを自覚して、私が自分の感情の一部を取り戻した方法についてお書きしました。

 

neko-chigura.hatenablog.com

 

 私にとって親に対する怒りを正常に感じ取ったことは大きな前進でしたが、そこはまだスタートラインにすぎませんでした。

 

そこからの道のりは実に長いものでした。

 

今回は、私が自分の感情を取り戻し、どのように感情表現ができるようになったのかをお伝えします。

 

まず、私が困っていたのは、自分の感情が分からないということもありましたが、同時に感情表現ができない、という点もありました。

 

感情を感じ取ることができるけれど、心理的抵抗が大きくそれを表現することができなかったのです。

 

否定的な扱いを受けて育った私は、親の前では楽しくても笑顔は見せたくなかったので笑わず、悲しんでいても悲しんでいる姿を見られたくないので悲しまず、とにかく無表情で常に不機嫌な態度を出していました。

 

そうするとどうなるか。

 

感情を出さないというのが癖になってしまうのです。

 

私は生まれつき感情が無かったわけではありません。

 

小さい子供は誰しも感情表現豊かなものであり、人から愛される性質を持っているので、それに違わず私もそうでした。

 

私の感情は後天的に出なくなってしまったのです。

 

私は多くの場面で楽しくても笑うことができず、悲しくても悲しさを表現することができませんでした。

 

心理的ブロックがかかるのです。

 

それは私にとって、とても苦しく、ストレスが溜まることでした。

 

しかし、感情表現をしたり、自分を出したりすることは、すなわち毒親からの否定を誘因する要因になるため、私は自分を守るために自分を出さない必要があったのです。

 

ただし、それは毒親以外の場面ではマイナスに働きます。

 

周りから「何を考えているか分からない」と何回も言われました。

 

自分が感じている感情と、実際にしている言動が一致していないからでしょう。

 

楽しいはずなのに笑えない、悲しいはずなのに「別に」という態度を取る、嬉しいのに嬉しくなさそう等々。

 

私に悪気はないのですが、私と関わる相手は混乱していたと思います。

 

こういった出来事は辛い出来事ですが、毒親に支配されていた時は、この辛さにすら蓋をしていたのです。

 

ただ、毒親と自分の気持ちと向き合い、自分の怒りに気付き始めた頃から、

 

「あ、今、私はこの状態を辛いと思っている」

 

ということがぼんやり認識できるようになっていました。

 

そこから私がさらに自分の気持ちへの理解を深めるために実践した方法は自分の気持ちを紙に書きだす、という作業です。

 

私は今起きている辛いことについて自分がどう感じたのか、そしてどうして欲しかったのかを紙に書きだしました。

 

例えば、

 

「私は、今日友人と一緒に遊びに行ったが、会話に混じれずさみしい思いをした。本当はもっとみんなと一緒に楽しく会話したかったのに。」

 

「私は、会社の上司にひどいことを言われて傷ついた。私は私なりに努力をしたのに。」

 

等です。

 

さらに、加えて行ったのが、これは確か「毒になる親 一生苦しむ子供」に書いてあったと思うのですが、

 

過去に起きたつらかった出来事に対しても同じように気持ちを書き出しました。

 

「本当は運動部に入りたかったのに、母親が宗教に行かせることを強要したせいで、運動に入れなくて悲しかった。」

 

「父親と母親が喧嘩ばかりしていた。父も母も兄も、自分を否定するような言葉をたくさん浴びせられてとても悲しかった。もっと仲良くしたかった。」

 

「本当は学生の時に告白された人と付き合ったり、自分から告白して付き合いたかった相手もいたけれど、母親に禁止されていたため交際できなかった。とても残念だった。」

 

等々。

 

今となっては簡単に文章に書き表すことができますが、以前は全くできませんでした。

 

毒親に支配されていた時は、そのように感じることはできませんでした。

 

考え方も感情もいわゆる洗脳されているような状態だったと思います。

 

辛い時、気持ちを書こうと思っても、何を書いていいか分からず、また心理的抵抗が大きく、言葉が出てこないのです。

 

なので、最初は自分の気持ちにしっくりくる言葉が出ず、全く文章が書けませんでした。

 

自分は何が辛いのか、どうしたいのか、書くことができません。

 

心の中にその場面は思い浮かんでいるんですが、言葉にできない、というかしたくないというか、とにかく筆が進まないのです。

 

書いては消し、書いては消しを繰り返していました。

 

ただ、とにかく書くようにしました。

 

しっくりこなくてもいいから、とにかく最後まで書き出します。

 

それでも言葉が思い浮かばないときは、自分と同じような状況に自分の友達が陥っていたとしたらどう感じるだろう、ということを想像して書いたりもしました。

 

最初の頃に書き上げたものは、自分で書き上げながら恥ずかしくて読み返すのも抵抗がありました。

 

例えば、自分の声をボイスレコーダーで録音して聞いたことがある人であれば、最初はかなり違和感じたのではないでしょうか、場合によっては聞きたくないと思ったことはないでしょうか。

 

ちょうどそんな感じだったと思います。

 

これが本当に自分が感じている気持ちなんだろうか、と違和感を感じるのです。

 

ただ、とにかく書き続けました。

 

そうすると、ある程度日数が経ってくると、だんだんスムーズに文章が書けるようになってきました。

 

あ、こういう出来事があった時は、こういう文章を書くとしっくりくるな、というのがわかるようになってきました。

 

表現のバラエティも増えました。

 

そうしてその作業を続けていくと、実際に自分の気持ちや感情を掴むのがうまくなってきます。

 

気持ちと文章が馴染む、といった感じでしょうか。

 

そうすると、実際につらい場面に遭遇した時、例えば飲み会でうまく話せなかった、友達と遊びに行ったけどうまく馴染めなかった、

 

そういう時に、

 

「あ、私はうまく馴染めなくて寂しい、と感じており、もっとみんなと仲良く話したいんだな」

 

と感じ取ることができるようになります。

 

毒親から自分の感情を取り戻さなければならない理由はここにあります。

 

この、自分がどう感じているか、そして、自分がどうなりたいか、を素直に表現できなければその後のステップに繋がりません。

 

感情を取り戻す前の私は、今となってはトンチンカンな考えですが、

 

「うまくいかないのは勉強が足りないからだ」とか、

 

「もっと強い男にならないと」とか、

 

そういった考えが真っ先に頭に浮かび、頑張って資格の勉強をしたり、運動や筋トレをしたり、そんな感じのことをしていました。

 

それは間違ったこととは言いませんが、私は寂しくてみんなと仲良くしたいのに、資格の勉強をしたところで、私の真の目的が達成されるか、というとおそらくあまり効果的ではないでしょう。

 

私は寂しい、私はみんなと仲良くしたい。

 

こう感じて初めてみんなと仲良くするにはどうすればいいんだろう、という考えに至ります。

 

みんなと仲良くするためには、おそらく資格の勉強をするよりも、自分の気持ちを表現したり、自分の話をしたり、人に興味を持ったり、話の聞き方を身に付けたり、そういったことができるようになる努力をした方がより効果的に私の希望に近づけるでしょう。

 

こうして私は自分がどうなりたいか、を長い時間を見つめなおし、そして、なりたい自分になるためにはどうすればいいか、を考え実践に移すことにしました。

 

ここから私の行動と、私の周りに起こる出来事や反応が少しずつ変わっていくのですが、その話については次の記事で書こうと思います。

感情が無いと感じている方へ【アダルトチルドレン克服】

前回のブログで私が毒親に育てられたと自覚するまでのストーリーについてお話ししました。

 

neko-chigura.hatenablog.com

 

毒親から離れる決意をした私は、毒親と接する機会が無くなったことから、かなりストレスが軽減されました。

 

 ただし、毒親から離れたからといって自分にとって全ての問題が解決する訳ではありません。毒親に育てられた子どもは、感情を毒親に支配されています。今回は、感情が無い、もしくは、自分の感情が分からない、という方に向けて私が毒親から自分の感情を取り戻した経過について紹介させていただければ、と思います。

 

目次

なぜ自分の感情が分からなくなってしまうのか

この点について、

 

毒になる親 / スーザン・フォワード

 

にはこのように述べられています。

『セラピストの助けなしには自分の深い感情をさぐることができない人も多いが、そういう場合でもその人の感情は無くなっているのではなく、どこにしまい込んだかわからなくなっているだけなのである。』(p212)

『自分の自然な感情を心の奥深くに埋めてしまうことに慣れてしまった人は、まずそれを掘り起こして、自分の感情というものに馴染む必要がある。』(p212)

 つまり、感情は無くなってしまった訳ではなく、感情を抑圧し過ぎた結果、本来の自分の感情が分からなくなってしまった状態を、「感情が無い」と感じているということです。

 私の場合もそうですが、家族から常に否定的な言葉を浴びせられた結果、家族といる時には自分を表現しない、ということを幼心に決意し、嬉しかろうが悲しかろうがそれを表に出すことはなく、ただただ不機嫌な態度を取っていました。

 それをあまりにも長期間に渡って続けてしまっため、自分本来の感情が分からなくなってしまったのです。 

 

自分の感情を掘り起こすには

 おそらくこの記事を読んでくださっている方は、自分の感情が無い、と感じ、日々漠然とした辛さを抱え、その辛さをなんとかしたい、と思っている方がほとんどでしょう。

 それは非常に大切な感覚で、「毒になる親」によると、

『いずれにせよ、どのような方法を取るにしても、自分の「感情」をはっきり認識することなしに、これより前に進むことはできない。』(p213)

とあり、この点について私も同感しています。

 では、どのように自分の感情を認識するか、についてですが、私の場合はノートに自分の気持ちを書くことから始めました。それは日記ではなく、過去の自分の辛かった出来事を思い起こし、その出来事に対して、「何が起きて、自分はどのように感じ、どうして欲しかったのか」を書くようにしました。

 最初は難しいものでした。それまで自分の気持ちを表現することを自ら抑圧してきたので、そもそも表現する言葉を自分の中に持っていないこともありますし、心理的抵抗感からペンが全く進まなかったことを覚えています。

 例えば「私は、中学校の定期テストで良い成績を取った時、母から『お前は頭が良くなったので私のことを馬鹿にしているんだろう』と言われて悲しかった、本当は母に褒めてもらいたかった。」こういった内容のことを書いていたんですが、両親に対する憎しみが強かったことから、「母親になんか褒めてもらいたくもない。」と心が騒ぎ始め、ペンが進まなかったり、自分の感情が上手く掴めなかったことを覚えています。

 そんな時に役立ったのは、「毒になる親」に記載されている次の方法です。

『自分の感情がはっきり自覚できない人は、自分の親と同じような人間を親に持った人はどのような感情を抱くだろうか、と他人事のように想像してみるのも良いだろう。』(p212)

 この方法は私にとっては比較的効果的で、私の場合、私の好きな人や好意を持っている人が私の立場に置かれたとしたらどのように感じるだろう、と考えて書くことにしました。

 ただ、違和感はありました。「確かにあの人ならこのように感じるかもしれないが、それは本当に私の気持ちなんだろうか」と思うことが多々ありました。けれど、多少の違和感は仕方ないものと諦めて、とにかく書く作業を続けました。

 そして、その書くという作業を続けていくと、表現力も増え、段々と自分の感情を書くことが上達してきました。

 それだけではなく、例えば飲み会で会話の話に入れなかった時など、以前は「くだらない」などと考え、不快になり不機嫌になるだけでしたが、「あ、自分は今傷ついている、本当はみんなの輪に入りたいんだ」と自然に言葉が出てくるようになりました。

 

感情を掘り起こすだけでは不十分

 文字として書き起こすことで自分の感情を認識できるようになった私ですが、それだけでは不十分でした。感情は認識するだけでなく、外に対して表現できるスキルが必要です。

 この感情表現を獲得することは私にとってさらに難しいことでした。今まで感情を抑圧し続けてきた私にとって、自分が嬉しい時に嬉しいと表現し、悲しい時に悲しいと表現することはとても恐ろしいことでした。そして、恐怖以上にそもそもどう表現していいか分からない、というのもありました。

 

練習すれば何事も上手くなる

 どのように感情表現すればいいか分からない私が実践したことは、まず誰もいない環境で一人で練習することでした。そしてこの練習にもかなりの心理的抵抗が伴いました。

 最初は車の中で笑う練習、悲しむ練習、喜ぶ練習、などをしていたのですが、ほぼ100%知り合いに見られる可能性がない場所へ車で移動したにも関わらず『こんなところを誰かに見られたらどうしよう』という考えが頭をよぎり、一人でも練習をすることができませんでした。けれどもその心理的抵抗を何とか抑え、練習するようにしました。

 この点に関して、世界的に有名な自己啓発本である

 

7つの習慣 人格主義の回復 [ スティーヴン・R.コヴィー ]

 

には、次のような勇気づけられる言葉が述べられています。

『意識的に努力すれば必ず人生を高められるという事実ほど、人を勇気づけるものが他にあるだろうか。ーヘンリー・デイヴィッド・ソロー』(p74)

  実際ここで述べられている通りで、私が自分の感情を掘り起こしたのと同様、感情表現についてもある程度繰り返し練習することにより、ある程度感情表現事態が自分に馴染むようになってきました。

最後は勇気を出すしかない

 感情表現について、練習をすることである程度の表現方法を獲得することはできますが、練習と実践は全く別物です。練習で上達してきたからといって、それが人相手に自然に実践できるようになるか、というとそうではありませんでした。

 1人で練習するのと、実際に人と対峙して実践するのは全く別物です。そして、人相手に今までに自分になかった行動パターンを実践するのは勇気が必要です。

 これに関してはどれだけ練習を積んだとしても恐怖がなくなることはないと思っています。最後は勇気です。

 私もこれに関しては失敗と小さな成功を繰り返しながら進んだと思います。そんなに上手く段階を踏めた訳でもありませんが、なるべくこの人であれば受け止めてくれるだろう、という人を選んで実践した記憶があります。

 そうしてある程度の期間繰り返していくうちに、私は自分の感情の掘り起こしてと感情表現ができるようになった、と思っています。

毒親から離れたい方へ

 私が毒親から離れた経緯及びその体験についてお話します。

 

 そもそも、自分が毒親に育てられた、という自覚を持ったのは20代半ばの時でした。

 

 学生時代もいくつか問題を抱えていたのですが、その問題が大きく表面化することはなくやり過ごせていたため、自分の家族について真剣に考えることはありませんでした。

 

 ですが、社会人になり、自分の社会性の無さから相当に辛い思いをし、なぜ自分だけがこんなに辛いんだろう、と思ったのが私が過去を振り返りはじめたきっかけです。

 

 それまでは、自分の親に問題があるというよりは、「自分が悪い子どもだから、親と仲良くできないんだ」と考えていました。

 

 親との関係が良くないことを何度か学生時代に打ち明けた記憶がありますが、周りの友達からはよくある反抗期の一種程度にしか受け止められず、意見をもらうことといえば、

 

 「自分もそういう時期があったけど、今は親とうまくやっているよ。家族なんだから、大事にしなきゃ。」

 

 とか、

 

 「両親は大事にしないとダメだ」

 

 とか、そういった意見が多かったように思います。

 

 以前は、どんな親でも親は親なんだから大切にしなきゃ、という価値観があったので、なかなか親に原因を求めるという考えに至らず、自分に原因を求めていました。

 

 私の考えが180度変わったのは、1冊の本に出会ってからです。

 

毒になる親 / スーザン・フォワード

 

 今となっては「毒親」というワードはよく耳にするものになりましたが、当時は有名な言葉ではなく、書籍もほとんどありませんでした。

 

 この本は、毒親研究の先駆け的な本で、本書を読み、この中に書かれている質問に答えていくうちに、私のこのつらさの原因は親にある、という考えが確信に変わったことを覚えています。

 

 ちょっと記憶が薄れてしまいましたが、本書と本書に関連する確かワークブックがあったと思うんですが、それをこなしていくうちに、自分の心と、親との関係を見直し、理解することができました。

 

 私が毒親と離れようと思ったのはこの本に出会ってからです。

 

 当時私は親とは絶縁しようと決め、それはかなり大きな不安もあったのですが、結果今では自分にとって良い方向に働いていると思います。

 

 現在では、精神的にほぼ自立し、結婚もし、幸せな家庭を築き、そして10年程度の時間をかけて現在は毒親を許すこともできています。

 

 詳しい内容については追々ブログ内で語りたいと思っていますが、もし今毒親との関係で悩んでいる方がいらっしゃるのであれば、「毒になる親」は、個人的にかなりの名著だと思っているので、一度読んでみることをお勧めします。

 

私の生い立ちについて

私は機能不全の家族で育ちました。

 

最近ではかなりメジャーな言葉になりましたが、毒親に育てられた子ども、すなわちアダルトチルドレンです。

 

このブログでは私と同じような境遇の方々が自身の過去を克服するためのきっかけ作りができれば、と考えて記事を書いていこうと思います。

 

ですので、今回はまず私の生い立ちについて書かせていただこうと思います。

 

 

高圧的な父親と過干渉な母親

 

 父は仕事以外は常に酒を飲み、不機嫌で、子どもと関わることはほとんどなく、いつも否定的で高圧的な態度でした。

 

 母は私が物心つく頃にはすでにある宗教にはまっており、子どもを宗教に連れていくことだけが自分の指名になっておりました。母も同じく否定的で、ヒステリーで、家族に対しても周りに対してもいつも不平不満を言っていました。宗教のことで父とは対立しており喧嘩が絶えませんでした。

 

 今でこそ比較的有名な言葉になりましたが、いわゆる「毒親」というやつです。

 

 そんな家族に育てられ、私自身すごくつらい思いをしました。

 

 実家を出るまでの18年間は私にとって今でも思い出したくないくらい嫌な思い出ばかりです。友達は作らせてもらえず、宗教に無理やり連れていかれ、嫌と言おうものなら母親から泣きわめきながら殴られました。

 

 大学進学と同時に一人暮らしをしたのは、とにかく家を出たかったからです。

 

 ただし、家を出たらすべてが解決したかというとそうではありません。

 

 毒親に育てられた子どもが同じように毒親になってしまうという話を聞いたことがありますか?

 

 機能不全の家族で育つ、ということは、多くの場合その家の文化や習慣をそのまま受け継ぐということです。

 

 私には良くない習慣がたくさんありました。そのせいで人間関係がうまくいかなかったり、自己管理がうまくできなかったりしたことがたくさんあります。

 

 ただ、私は自覚し、意識し、学び、変わりました。

 

 きっとこのプロセスが無ければ私は同じように毒親になっていたことでしょう。

 

 今、私は妻と長男と3人で暮らしています。

 

 家族仲は良く、夫婦は強い愛情で結ばれています、うまくいかないこともありますが、私がいた家族とは全く別物であると言い切れます。

 

 このブログでは、私がどのようにして、毒親の負の連鎖を断ち切ったか、今どのように家族づくりをしているかについて書いていこうと思います。

 

 私と同じようにつらい経験をしてきた方の参考になってもらえたら、と思いますし、私が自分の家族をより一層よいものにするための場になれば、と考えております。